英語で教えないと

脱サラ英語教師ももう40歳。

超成熟社会に生きる

週末、高校時代の仲間と集まった。
僕が年末、嫁さんの実家に帰省するため、
別に時間を作ってくれた。

36、7になる僕らの会話の節々には、
成熟化社会の閉鎖感と致し方なさに溢れていた。
せっかく奪ったレギュラーを渡す気もないが、
もっと輝けるチームがあったはずだと唸っている。
将来を嘱望されていた同僚が鬱に掛かり、
スピンアウトを目の当たりにした仲間の声を聞いた。
他人を蹴落とすのに飽きて、一匹狼やってます、
って息巻いていた仲間もいた。

僕らは、氷河期初期にSEや介護福祉士となり、
第二新卒という枠で敗者復活があり、
ITバブル期に自分探しを再開した世代である。
ステーブルな人もいるし、3段飛びもできたし、
転落する人もいたであろう。
それでも今の子どもたちと違ってチャンスはあった。
ギクシャクし始めた歯車要員としての需要はあったのだ。

今の中学生が世に出る頃、
つまり10年後はどんな世界になっているだろうか?
未来予測ことから教師の教材研究が始まるのではなかろうか?
焼き鳥を頬張りながら、ふと僕はそのことが頭に過ぎった。